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【ひと・こと つながる環 vol.4】 ラ・ネージュ東館の料理長・落合昭光さんに聞く 白馬でフランス料理を作る理由

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 北アルプス地域で活躍する「人」にフォーカス。地域で事業や活動をしている人、ものづくりや場づくりに取り組んでいる人を紹介する。    

 「白馬リゾートホテル ラ・ネージュ東館」の料理長・落合昭光さんに、季節の地元食材で作るフランス料理の魅力について聞いた。

ーーー フランス料理のシェフとして長く働いていますが、どのようなきっかけで料理の道を目指したのですか?

 高校卒業を前に進路を考えた時に、料理の道に進もうと思いました。それまでは母が作る料理を時々手伝うくらいでしたが、映画やテレビで見たフランス料理への憧れがありました。小学生の時にボーイスカウトで炊事した経験も影響しているかもしれません。それで大阪にある料理の専門学校に通うことにしました。学校では西洋料理を専攻して1年間学び、さらに1年間フランスに料理留学して現地の学校で学びレストランでも研修を受けました。


ーーー 20歳で料理専門学校を卒業して、その後はどのように働きましたか?

 神戸のフランス料理店で5年間働きました。その後各地で料理をしていましたが、2005(平成17)年に故郷の愛知で万博が開催され、ご縁をいただいてフランスのパビリオンのレストランで働く機会を得ました。


インタビューに答える落合さん

 

ーーー 万博のパビリオンで料理を振る舞う機会はなかなかないですよね。キノコを使った料理で知られるフランスの3つ星レストラン「レジス・マルコン」でも働いていますが、どんな影響を受けましたか?

 再びフランスに渡ったのは、愛知万博の年の9月で30歳の時でした。もう一度、現地で料理を学ぼうと決意して、料理留学しました。フランスでの料理留学では5人のシェフの下で働きましたが、その中でも3つ星レストランのレジス・マルコンシェフは強く印象に残っています。

 「レジス・マルコン」がちょうど3つ星になったタイミングで昼も夜も常に満席でしたね。レストランはサン・ボネ・ル・フロワという小さな村にあり、ここ白馬と同じように標高の高い場所で冬になると雪山です。考えられないくらいたくさんのキノコが毎日レストランに届きます。その下処理は大変でしたね(笑)。

 当時は調理場に30人近く働いていました。会話は全てフランス語で身振り手振りを交えながらコミュニケーションを取ります。スタッフの国籍もいろいろですが、分からないのに分かったようなふりをすると最前線から外されます。フランスのお国柄もあると思いますが、イエスかノーかはっきりと意思表示することが大事なんですね。

 感銘を受けたのは、土地に根付いて、土地をよく理解した上で料理を作っていることです。地域の食材はもちろん、文化や風土、歴史まで捉えて料理に変換しています。僕も白馬村に来て、そのことを強く思うようになりました。


ーーー 白馬の環境にも通じるものがありそうですね。「ラ・ネージュ東館」で働くようになったきっかけは?

 愛知万博のパビリオンで一緒に働いていた人からの紹介です。2014(平成26)年に支配人の塩島和子さんから声を掛けていただき、こちらで働くようになりました。それまではずっと都市部で働いていましたが、白馬で住んで思ったのは、寒い場所ならではの食文化があるということ。冬の長い信州では保存食が生活に根付いています。毎年冬に自分で信州産黒豚の生ハムやベーコンを仕込んでいますが、寒い場所でしか作れないもの。料理人としてこの土地に魅力を感じています。

ラ・ネージュ東館


ーーー メニューを考える際は、どんなところからインスピレーションを得るのですか?

 生産者さんが作ってくれる地元の食材を軸にメニューを考えています。東京の市場にはあらゆる食材がそろっていますが、僕の場合は、地元で手に入る食材でやりくりするのが基本です。当館にいらっしゃるお客さまは白馬ならではの季節の料理を求めているので、食材探しにはいつもアンテナを高く張っています。

 食材の情報を聞きつけて生産の現場を訪れたり、普段取引している生産者さんとも頻繁にコミュニケーションを取ったりしています。信頼している生産者さんから「こんな野菜ができた」と声を掛けてもらうと、いつも持ってきてもらうことにしています。その時点では具体的にどの料理にどんな風に使うか決めていませんが、食材から料理をイメージしてかたちにします。一度で完璧なものができるわけではなく、足したり引いたりしながらいつも試行錯誤しています。コース料理なので、もちろん前後の料理とのバランスも考えながら…。

 旅行が趣味でヨーロッパのオーベルジュなどで味の見聞を広めたりもしています。今はコロナ禍で海外には行けませんが、食べ歩きは欠かせません。いつも料理のことが頭の中にあって、この仕事を続けている以上は死ぬまでそうでしょうね(笑)。


ーーー 一皿一皿が苦労の結果なのですね。料理にもトレンドがあると思いますが意識しますか?

 実はレシピができたら完成ということではないんですよね。ジャガイモ一つ取っても生の食材である以上、その時々で味や食感は微妙に変わります。現場で味を確かめて、そのわずかな違いに気づいて調整する必要があります。職人さんが現場を離れないのは恐らくそういうことかと…。お客さまに「おいしい」と言われて、そこで満足して食材に向き合うことをやめたら同じレベルの味を提供できなくなると思います。

 僕のベースは地域の風土や文化と結びついたフランスの古典料理。食文化として歴史のあるフランス料理を尊敬しているので、そこを大事にしながら白馬の風土や食材が共鳴するような一皿を目指しています。当館で食事したことが記憶に残るような料理を意識しています。


ーーー 今の季節はどんな料理を提供していますか?シェフにとって魅力的な食材は?

 つい最近、とても状態の良い鹿肉と出合い、これをオーブンでローストして提供していますが、肉が軟らかくお客さまにも好評を頂いています。白馬で養殖している信州大王イワナやシナノユキマスもよく使っていますね。白馬というと海から遠いイメージですが、意外にも日本海に近く、そこで獲れた魚介を使った料理もコースに入れています。

美ヶ原高原産 鹿ロース肉のロティ ソースポワヴラード(写真提供=落合昭光さん)

 

ーーー 長年シェフをしていても、仕事で悩むことはありますか?

 僕はエリートシェフではなく自分は不器用な人間だと思っています。20代で仕事にもプライベートにも悩んで料理の道を離れた時期もありました。その時は市場で働いていたのですが、今思えばそれでも食の現場からは離れたくなかったんだなと…。料理の道から一度離れることで、改めて自分の料理への強い思いに気が付きました。遠回りしましたが、今では料理こそが人生の中心だと感じています。


ーーー 2019年に全国の700ものフレンチレストランが参加するダイナーズクラブのイベント「フランス レストランウイーク」で、「次世代を担う15人のフォーカスシェフ」に選ばれました。今後はどんな料理を目指しますか?

 フランス大使館に招かれて、全国のシェフの方々と交流することができ刺激をもらいました。これからもフランスの歴史や文化に触れながら、この土地の食材や風土を結び付けて自分なりの料理を作り続けていきたいですね。


ーーー すてきなお話、ありがとうございました。


白馬の紅葉の中で

白馬リゾートホテル ラ・ネージュ東館

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