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【ひと・こと つながる環 vol.3】 折り紙作家・布施知子さんの作品はなぜ世界を魅了するのか

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 北アルプス地域で活躍する「人」にフォーカス。地域で事業や活動をしている人、ものづくりや場づくりに取り組んでいる人を紹介する。    

 長野県大町市八坂で革新的な折り紙作品を世界に発信し続ける布施知子さんに、現在開かれている「北アルプス国際芸術祭 2020-2021」の会場で話を聞いた。


ーーー 布施さんは世界的に有名な折り紙作家ですが、折り紙との最初の出合いは?

 小学2年生の時に病気をして入院していた時に、父が折り紙の本を買ってくれたのが始まりです。他の入院患者たちが正方形の薬包紙で折り紙をしていて、それを見て私も折っていました。ある時、病院のロビーで居合わせた男性がユリの花の折り方を教えてくれて、折り紙に興味を持ちました。


ーーー 折り紙作家の原点ですね。子どもの頃から手先が器用だったのですか?

 私は元々左利きだったのですが右利きに矯正したこともあって、はさみでまっすぐ紙を切ったり線を引くことが苦手でした。折り紙と出合っからは本を見ながら折り続けて、できたものに丸で印を付けていました。折り方が載っていない参考作品を折りたくて、写真をよく見ながら挑戦したりもしましたよ。


ーーー 工作が苦手だったとは意外ですね。19歳で折り紙作家の河合豊彰さんに出会いました。

 当時はずっとひとりで折っていましたが仲間が欲しいと思い、折り紙の会を探しましたが見つからず、折り紙の本を出している先生方にいくつも手紙を書きました。その中で、河合先生だけが声を掛けてくれたのです。毎週金曜に集まり各自が折ったものを持ち寄るような会で、2年半ほど通いました。河合先生の作風で、お面や仏像を多く折っていました。カリスマ性のある先生で刺激を受けました。


インタビューに答える布施知子さん


ーーー 1981(昭和56)年に折り紙の本を出版しました。作家としてのキャリアのスタートですね。

 当時は、浅草の学習塾で講師をしていましたが、仕事が無い時には折り紙を折っていました。私は童謡を書くことが好きだったので、ある時、本を出したいと出版社に連絡しました。編集者の方が会ってくれて、話をしていると童謡よりも折り紙に興味を持たれて、折り紙の創作についての解説書のような内容で本を出版しました。ちゃんと童謡も盛り込んでね(笑)。


ーーー 童謡も盛り込んだのですね(笑)。布施さんはこれまで翻訳本も含めて100冊以上の本を出しています。

 1作目が好評で、2作目の出版も決まりました。内容は「ユニット折り紙」についてです。ユニット折り紙というのは複数の紙を組み合わせて作る技法で、今では折り紙の大きな一分野になっていますが、当時はまだ誰も本格的に取り組んでいませんでした。昔からくす玉はこの技法で作られていますが、折り紙の技法としては認識されていなかった。それまでは折り紙というと1枚の紙で作品を完成させるのが常識でしたからね。私には、ユニット折り紙が誰も踏み込んだことのない広く美しい花園に思えました。その扉を最初に開けたのは幸運でした。とにかく面白くてたまらなかったですね。

 

ーーー 折り紙の新しい扉を開いたのですね。この本は世界中で翻訳されました。

 2作目の本が大きな反響を呼び、立て続けに本の出版が決まりました。この時期から作家が本業になりました。ユニット折り紙は、完成形をイメージして面や角を組み合わせていきます。そうすると、パチッとでき上がるのですが、そこに思いもしなかった模様が現れるのです。これは計算外のもので、折り上がってみないと見ることができない折り紙からの贈り物ですね。


ーーー 「折り紙からの贈り物」…すてきな言葉ですね。その頃、長野県に移住しましたが、どうして山村の八坂を選んだのですか?

 それまで千葉県に住んでいましたが、大家さんの都合で引っ越すことになり移住先を探しました。私は植物が大好きで大学で園芸学を学んだこともあり、いつか都会から離れて自然の中で暮らしたいと思っていました。出版社の多くは東京にあるので、仕事のことを考えるとそこから離れることに不安はありましたが、思い切って八坂に移り住みました。

 草木の茂り方や光のさし方が美しく、とにかく自然が素晴らしい。そこに住む人々も優しく突き放してくれるというか、適度な距離感で接してくれる。創作活動をするには最適な環境ですね。これまで36年間、八坂で本を書き続けています。


八坂の風景(布施知子さん提供)


ーーー 以後、国内外に革新的な作品を発表されていますね。

 著作が翻訳されて、いろいろなところから声が掛かるようになりました。今では世界中に折り紙作家のネットワークがあり、作家同士の交流も盛んです。各国で毎年大きな折り紙のコンベンションが開かれています。コンベンションというと一部のコアな人が集まる場というイメージがありますが、折り紙の場合は別。作家や専門家だけでなくビギナーも来ますし、子どもからお年寄りまであらゆる年齢層が興味を持って来場します。


ーーー 国内で折り紙の会がなかった当時とは随分と状況が変わりましたね。国によって折り紙の受け止められ方は違いますか?

 海外での受け止められ方は2種類あって、一つは、茶道や生け花のように日本の文化として。もう一つは、ペーパーフォールディングとしての国境を超えたもの。日本は折り紙の母国なので、それに対して皆敬意を持っていますが、他国の折り紙作家もそれぞれ自分たちのスタイルに誇りを持っています。海外の方たちと交流していると、折り紙の原点に立ち返るような気がします。


ーーー 原点に立ち返るとは具体的にはどういうことですか?

 世界には折り紙が簡単に手に入らない国もあります。例えば、以前、東欧の国を訪れた際に折り紙を配ると、折らずにバッグに仕舞い込んで自分のノートを切り取って折り始める。「どうして折らないの?」と聞くと、「折り紙の紙がきれいだから家に持って帰りたい」と言うのです。


2019年イスラエル(布施知子さん提供)


ーーー 世界中で個展を開いていますが、現代アート作品として折り紙を発表するようになったのはいつからですか?

 60歳くらいで誰にもまねできないような一筋縄ではいかない作品を作りたいと思いました。それまで本を書く仕事が主でしたが生活も安定していたので、圧倒されるようなものを作って何より自分が見て驚きたいという気持ちが強かったですね。

 当時も今も現代アート作品を発表する場は少ないですが、日本よりも海外の方が折り紙に対する先入観がないせいか興味を持たれて受け入れられやすかったですね。海外のキュレーターの後押しでドイツやイスラエルなどで個展を開くことができました。そんな現代アートの状況の中で、私の住む大町で作品を発表できるのはとてもうれしいことですね。


ーーー 今回、北アルプス国際芸術祭に出展した作品「OROCHI(大蛇)」について聞かせてください。のたうつような造形が印象的ですね。

 作品の元になっているのは、主にコイル折りという技法です。工業関係の分野では取り入れられているものですが、折り紙の技法としては未知のものでした。折り方としては八角形の筒をねじりながらつぶすイメージで、この技法を使うとグニャグニャした造形を作ることができる。それを生かした作品を作ってみたいと思ったのがきっかけです。完成までに30メートル以上もあるロール紙を何本も使いました。


「OROCHI(大蛇)」(布施知子さん)


ーーー とても根気の要る作業ですね。折っている時はどんなことを考えていますか?これまでに折り紙をしなかった時期ややめようと思ったことはありますか?

 地道な作業なので、折っている時は「足が痛い、手が痛い、早く終わらないかなー」なんて考えています(笑)。制作期間は、作品作りだけをしているわけではなく、生活の中で時間を割きながら作っています。息抜きは毎日の散歩ですね。山菜やキノコを採ったり、鳥の羽を拾ったりしながら、1時間くらい八坂の自然の中を歩いています。

 これまで折り紙をしなかった時期はないですし、やめようと思ったことは一度もありません。折っている途中で紙が切れたり糊付けでよれたり、失敗することも多々あります。とても大変な作業ですが、「完成するとどうなるのか見たい!」という一心で制作しています。初めからどうなるか分かっていたら折らないでしょうね。作品が完成した時は、「やっと見れた!」と感動します。


ーーー 折り紙作品は永久的な展示ができないと聞きました。

 折り紙の種類によっては比較的長く持つものもありますが、一般的にはカビや虫の影響で、折り紙作品は長期保存できないのです。これまでに永久展示のような作品を見たことはありますが、状態が悪く悲しい有様でした。思いと時間をかけて作品を作るので残念な気はしますが、朽ちるものだからこそ良いとも思うのです。花火みたいに見る人の記憶に残ればね。


ーーー 今後は折り紙でどんなことを表現していきますか?

 今では折り紙設計ソフトがあり、さまざまな折り紙作品が作られています。私はソフトでは思い付かない、実際に折ってしか思い付かないもの、自分自身が驚くような作品を作り続けたいです。プランはいろいろあるので試作しながら挑戦していきたいですね。


ーーー すてきなお話、ありがとうございました。


作品の展示会場「旧大町北高等学校」で

北アルプス国際芸術祭 2020 - 2021(11月21日まで開催)

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