特集

【ひと・こと つながる環 vol.8】 「おたり自然学校」の大日方冬樹さんに聞く持続可能な観光地

  • 9

  •  

 北アルプス地域で活躍する「人」にフォーカス。地域で事業や活動をしている人、ものづくりや場づくりに取り組んでいる人を紹介する。    

 長野県小谷村で地域資源を生かした体験活動を行う「おたり自然学校」校長の大日方冬樹さんに話を聞いた。


 

ーーー 辺り一面の雪景色ですね。「おたり自然学校」設立までの経緯を教えてください。

 僕は長野県千曲市(旧・更埴市)の出身です。大学への進学で千葉県に出て、卒業後は南房総にあるNPO法人が運営する自然学校に就職しました。

 進路に自然学校を選んだのは、大学4年時に祖母が亡くなったことがきっかけです。両親が共働きで、子どもの頃はよく祖父母に面倒を見てもらっていましたが、お世話になった人に何も恩返しができなかった。祖母の葬式で帰郷した際に、高台から開発されていく故郷の町並みを眺めながら考えました。自分はどんなことで人の役に立てるかと。そこで、子どもの頃から身近にあった自然について人に伝えることだと思い立ちました。いずれは長野県に帰るつもりで「千葉自然学校」に就職し、4年間の経験を積みました。

 
ーーー 自然学校の原点は少年時代の自然体験にあったのですね。その後、小谷村の地域おこし協力隊員として活動しています。小谷村は新潟県に隣接する人口約2700人の村ですね。

 先延ばしにせず腹を決めて長野県に帰ることにしました。小谷村を活動のフィールドに選んだのは、豊かな自然が残っていて、海へもアクセスできるから。そんなポテンシャルがあるのに過疎化が進んでいる。「ここだ!」と思いました。2014(平成26)年に村の協力隊に就き、自然体験交流をテーマに3年間活動しました。


インタビューに答える大日方さん


ーーー 小谷村に可能性を感じたのですね。「おたり自然学校」の構想はいつからですか?

 隊員に就いて2年目には構想がありました。拠点となるキャンプ場の整備やSNSの立ち上げなど隊員任期中から準備を進めて、2017(平成29)年に「おたり自然学校」を設立しました。
 
 初めに、体験ツアーやイベントの企画、キャンプ場の運営を始めました。千葉の自然学校に勤めていた際は子どもを対象に体験を行っていましたが、おたり自然学校では親子や大人が対象です。親に参加してもらうのは子どもが感動する姿を見てほしいからという理由と、親自身も体験して日常に持ち帰ってほしいからです。

 スキーだけじゃない、小谷村ならではの文化や自然を伝えたいという思いで体験やイベントを行っています。例えば、山菜・キノコ狩り、かんじきを履いてのウオーキングやメープル樹液の採取、イノシシの解体などです。中でもキノコ狩りは人気で、しばしばテレビの取材も受けます。


ーーー どれも小谷村ならではの体験でユニークですね。どうやって企画しているのですか?

 僕の趣味やライフワークを発展させたものが多いですね。安全性を確保して、参加者目線で企画を練ります。参加費を頂けるレベルまで高めるために、内容をブラッシュアップしていきます。僕自身が好きなことをテーマに選んでいることもあり、参加者にもそれが伝わるようで楽しんでもらっています。

ネイチャーガイドの風景


ーーー どんな人が参加しますか?

 近隣県に住む人と都市部に住む人とが半分ずつくらいです。富山県から参加した人が「手軽に来られる秘境」と話してくれたのが印象的でした。口コミで安曇野地域からの参加も多く、近場からも人を呼び込める魅力があると手応えを感じています。事業を始めて以来、毎年倍増していた売り上げもコロナ禍で落ち込みました。それでも事業を続けられたのは、地域のリピーター層の存在が大きいですね。


ーーー 大日方さんは食料の採集や狩猟などサバイブ術の達人ですね。どうやって知識や経験を身に付けたのですか?

 故郷での自然体験がベースにあります。祖父母は自給自足的な生活をしていたので、その影響があります。後は気質的なもので、自分を鍛えたいという本能のようなものがあります。小谷村には知識や経験を深める実践の場がたくさんありますから。僕にとって野生の動物は先生のようなものです。狩猟で獣を追って森を行くと、彼らは家も服も持たずにこうやって生き延びているのだなと教えられます。

 地域の方から教わることも多いです。皆さん自然への知識が深く、地域に自生する木のことなどよく知っています。僕が自然学校と名乗るのも恥ずかしいくらいでした。


イノシシの解体体験


ーーー 自然や地域の人が先生なのですね。特産品の開発・販売や古民家宿の運営もしています。

 特産品の事業については女性に興味を持ってもらえる体験イベントを考えたのがきっかけです。それまでの体験は、自分が得意とするやぶをかき分けるような狩猟採集の内容に偏りがちでした。草木を愛でるような女性的な視点での体験が増えると幅が広がると思い、魔女の暮らし体験を企画しました。身近な草木をお茶や蒸留水にしたり、色や香りを抽出したりといった内容です。現在は魔女の活動として女性のスタッフを中心に、フィールド内で採れたキハダやクロモジなどを加工した野草茶の物販販売に力を入れています。

 古民家宿「ひじくらアッチ」は村の指定管理を受けて、今冬で2シーズン目の運営になります。築100年以上の古民家で、田舎暮らし体験がコンセプトです。山菜、キノコ、ジビエ、宿の畑で採れた旬の野菜を使った郷土食などを提供しています。地元の小学校などでの活動を通して、地域でも自然学校の存在を理解してくれる人が増えてきました。


地元の子どもたちとたき火


ーーー いろいろな可能性が広がりますね。これからの目標は?

 「野人と魔女の学校」と題して、生きる術を身に付けるための塾を開きたいです。おたり自然学校には4人のメンバーがいますが、スタッフとは呼ばずに、自然を熟知した存在として「野人」と「魔女」と呼んでいます。塾では、僕らやエネルギーや災害に精通する人を講師に、先生と生徒の関係で本気で学んでもらう。環境も経済も先が見えない時代、これからはお金で当たり前に買えていたものが買えなくなるかもしれない。自給自足のような実践的な技術を身に付けたいという人は少なくないと思います。

 自然の中で暮らしていると、地球温暖化や生態系の変化などが加速しているのを感じます。既に起きてしまったことは取り返しがつきませんが、皆で足並みを揃えて行動すれば変化のスピードを緩やかにできるかもしれない。持続可能な観光地として生き残っていくためには、住民が意識を高めて同じ方向を向いて行動していくことが求められます。住民向けの勉強会を開くなどして、獣害や外来種の増加といった現状を知ってもらいたい。自然学校が発起人になって、情報発信や地域の方に働きかける立場を担っていきたいです。 

ーーー ますます地域での重要な役割を担っていきそうですね。すてきなお話し、ありがとうございました。


「ひじくらアッチ」で

おたり自然学校


 

  • はてなブックマークに追加
エリア一覧
北海道・東北
関東
東京23区
東京・多摩
中部
近畿
中国・四国
九州
海外
セレクト
動画ニュース