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【ひと・こと つながる環 vol.6】 プロ山岳ランナー・上正原真人さんは白馬から世界の頂点を目指す

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 北アルプス地域で活躍する「人」にフォーカス。地域で事業や活動をしている人、ものづくりや場づくりに取り組んでいる人を紹介する。    

 今年4月に活動拠点を白馬村に移し世界の頂点を目指す、プロ山岳ランナーの上正原真人さんに話を聞いた。

ーーー スカイランニングやトレイルランニングの選手として活躍しています。上智大学在学中に競技を始めていますが、そのきっかけは?

 僕は小学校から高校まで、ずっとサッカーを続けてきました。走ることが好きで大学に入ってからも個人的に運動を続けていました。何か打ち込めるスポーツをしたいと思い、マラソンに出場しようと大会を探していたら、トレイルランニングの大会の出場者募集を目にし、競技の存在を知りました。トレイルランニングは山や森などの未舗装路を走る競技で、興味を持ち出場することに。レースはきつかったですが達成感があり、順位も良く手応えを感じました。自分に向いているかなと思い、他の大会にも出場しました。

 大学4年生の時に、スカイランニングの大会に出場しました。こちらは標高の高い山を駆けて上り下りする競技で、トレイルランニングよりも山の要素が強いですね。いくつかの種目がありますが、主に「SKY」に出場しています。標高2000メール以上の山を舞台に20~50キロの距離を走ります。僕はどちらの競技にも出場するので、「山岳ランナー」を名乗って活動しています。

インタビューに答える上正原さん


ーーー 大学卒業後は、就職せずにプロとして活動していますが、迷いはなかったですか?

 僕は人生の分かれ道ではいつもやりたい方を選ぶことにしているので、迷いはありませんでした。両親は驚いたと思いますが、山岳ランナーとしての活動を応援してくれています。両親共、元山岳部で、子どもの頃はよく山に連れていかれました。まだ小学校に入る前、ノルウェー・スウェーデンの山越えの国境縦走に行って大変な思いをしたことを覚えています(笑)。

 
ーーー 幼い頃にすでに山と出会っていたのですね(笑)。大学4年時にスカイランニング日本選手権で優勝。その翌年には連覇を果たしています。

 2019年のレースは試走時のタイムも良く自信はありましたが、うまくいきすぎたというのが率直な感想です。2020年のレースはけがもありコンディションが悪く苦しみましたが、何とか優勝することができました。今年は2位に終わりましたが、日本代表として来年9月にイタリアで開かれる世界選手権行きの切符を手にすることができました。 


ーーー 3年連続の表彰台で実力を証明できましたね。距離の長さもさることながら険しい山道を走る過酷な競技です。走っていて恐怖感はありませんか? レース中はどんなことを考えていますか?

 レース中はアドレナリン全開なので恐いと感じることはありません(笑)。3~5時間に及ぶ長時間のレースなので、ペース配分や他のランナーとのタイム差など考えながら走っています。スタート前はこれから待ち受ける試練を思うと緊張しますし、レース中も「早くゴールしたい」と思っています(笑)。先月、ワールドシリーズでフランスとイタリアに遠征しましたが、先のレースで転倒し、鼻を骨折し、肩を負傷しました。


急峻(きゅうしゅん)な山を駆け下りる(写真提供=上正原真人)


ーーー 競技をやめたいと思うことはありませんか?続ける原動力は?

 つらいと感じることはありますが、競技を引退しようと思うことはありません。競技が過酷な分、走り終えた時の達成感は他では得難いものがありますし、結果を出せた時の喜びは特別です。仕事と競技を両立して活動する選手も多い中、自分はプロとして活動していく選択をしました。スポンサーを獲得して食べていくためにも、誰よりも結果にこだわらないといけない。そういった覚悟で競技に取り組んでいます。

 小学生の時からサッカー選手の長友佑都さんに憧れていて、その著作を読んで以来、自分もこういう生き方をしたいとずっと思っています。つらいと思う時は、今でもこの本を手に取るんです。競技は違っても競技に対する姿勢に元気付けられます。


ーーー 尊敬する選手の存在は大きいですね。スカイランニングという競技は日本ではどのように受け取られていますか?


 スカイランニングという競技名が使われるようになったのは割と最近のことですが、高い山を駆ける競技は昔から世界中にあったそうです。山のてっぺんを誰が一番早くタッチするかというとてもシンプルな競技ですから。

 競技について国内ではまだ理解されていない部分も多く、肩身の狭い思いをすることも。一方、ヨーロッパでは競技がとても根付いています。ワールドシリーズの開催地の多くはヨーロッパで、今年訪れた開催地のフランスやイタリアの町では、一年の中で一番大きなイベント。選手は町のヒーローで、住民もお祭りのように楽しんでいます。コースがあるのは標高の高い山ですが、観客がまだ暗いうちから山を登って登山道脇で選手を待ち構えています。牛に付けるカウベルを片手に応援してくれるんです。


2021年6月、群馬県の破風岳で(写真提供=上正原真人)


ーーー ヨーロッパでは地域に根付いた競技なのですね。今年4月に実家の群馬県を離れて白馬村に移住しましたが、競技者にとって白馬の環境はどうですか?

 練習環境として理想的です。標高が高く、ヨーロッパの山岳リゾート地に似ています。何と言っても白馬の魅力は、山までのアクセスが良いこと。自宅をスタートして、白馬岳や唐松岳の山頂まで走ることができます。他の地域では登山口まで車で行く必要がありますが、ここではそれが可能なんです。大体、週3回くらいは山を登ります。

 長野には速い選手が多く知り合いもいたので、仲間と一緒に走ろうと昨年の夏に短期移住しました。気が付いたら白馬に住んでいました(笑)。


ーーー 今年、人力車を始めましたね。どうして始めようと?

 「まさか白馬で人力車」と驚かれます(笑)。学生時代には浅草で人力車のアルバイトをした経験があり、体力づくりの面でも競技に付随して収入にもつながります。人力車は環境に負荷を掛けない乗り物なので、環境意識の高い白馬村でも受け入れられると思いました。今年はコロナ禍や海外遠征で短い期間しかまだ営業できていませんが、イベントなどで利用客からは「白馬の自然を眺めながらゆっくり楽しめる」と好評です。


人力車を引く上正原さん(写真提供=上正原真人)


ーーー ユニークな取り組みですね。これからの目標は?

 競技者として世界一を目指すことです。エベレストを最速で登頂したスペインの山岳ランナー、キリアン・ジョルネさんを目標に走っています。他の追随を許さない速さで、競技の枠を越えています。僕も彼のような圧倒的な存在になりたいです。

 今年4月に「Mountain Addicts」という山岳ランナーのチームを作りました。住まいの1階をチームメンバーの合宿所として運営しています。チームを作った理由の一つは、仲間と一緒に練習することで互いに高め合うことができると考えたからです。多くのランナーが一人で取り組んでいて、僕も白馬村に移住するまではひとりで練習をしていました。仲間がいることで、つらいと感じる時にもう一踏ん張りできますし、自分を客観的に見られるという良さもあります。何よりチームで走る方が楽しいですね。

 もう一つの理由は、プロチームとしてスポンサーを募り、収入を得ながら競技に集中できるようにしたいと考えたからです。僕らが特に苦労するのは資金面で、競技活動を続けていくためにはスポンサーの存在が必要です。個人よりも集団として競技に取り組む方が注目してもらえるので。

 驚いたことは、チームに小・中学生の参加者が多いこと。SNSでチームの存在を知って、県内や首都圏から集まっています。親がトレイルランニングの愛好家で、子どもも一緒に走っていたり。僕は学生時代に始めましたが、子どもの頃から競技を始めれば、可能性も広がると思います。プロチームとしての環境を整えて、彼らのためにも道を切り開きたいです。


ーーー 日本のプロ山岳ランナーの道を開く先駆けですね。すてきなお話、ありがとうございました。

上正原真人 公式HP

Mountain Addicts

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